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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)206号 判決

オランダ国

ロッテルダム ヴェーナ 455

原告

ユニリーバー・ナームローゼ・ベンノートシャープ

同代表者

ロドニー・ベー・タテ

同訴訟代理人弁理士

川口義雄

中村至

船山武

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

秋月美紀子

市川信郷

後藤千恵子

小池隆

主文

特許庁が平成3年審判第24001号事件について平成6年4月15日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1980年6月20日及び1980年7月16日イギリス国においてした2つの特許出願に基づく優先権を主張して、昭和56年6月22日特許出願(昭和56年特許願第502035号。以下「原出願」という。)をし、平成元年12月27日、原出願からの分割出願として、発明の名称を「イムノアッセイ法並びに該方法に用いる材料及び装置」(後に「イムノアッセイ法」と補正)とする発明につき特許出願(平成1年特許願第339898号)をしたが、平成3年8月15日拒絶査定を受けたので、同年12月13日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成3年審判第24001号事件として審理した結果、平成6年4月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月16日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

試験物質を含むであろう検定用試料(a)、固体支持体上に固定された、試験物質に特異的な非標識結合相手(b)および試験物質に特異的な標識結合相手(c)のすべてを単一インキュベーションステップのために反応混合物中に含むイムノアッセイを実施する方法において、試験物質と試薬(b)及び(c)との結合反応間の競合的干渉を、同一試験抗原に対してせまくかつ異なる非干渉特異性の2種のモノクローナル抗体を成分(b)および(c)に使用することにより回避することを特徴とする、前記方法。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、当審において平成4年12月10日付けで通知した拒絶の理由の概要は、次のとおりである。

「本願発明は、その出願の日前の出願であって、その出願後に出願公告された特願昭56-62340号出願(特公平2-39747号公報参照)の願書に最初に添付した明細書(以下「先願明細書」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であって、しかも、本願発明の発明者が先願発明の発明者と同一でもなく、また、本願の出願時の出願人がその出願前の出願に係る上記特許出願の出願人と同一でもないので、特許法29条の2の規定により特許を受けることができない。」

(3)  先願明細書には、

「少なくとも2つの免疫学的に活性な部位を有する物質を測定するための免疫分析方法であって、

a(ⅰ) 少なくとも2つの免疫学的に活性な部位またはそのエピトープを有する物質、

(ⅱ) 酵素標識を有する免疫学的に活性な反応相手、および

(ⅲ) 水不溶性担体に結合しているか、または結合する免疫学的に活性な反応相手、

の混合物を作り;

b この混合物を一度だけインキュベートして、上記反応相手を上記物質と反応させ;

c 固体相と液体相とを分離し;次いで

d 固体相または液体相中の酵素標識の程度を測定することにより物質の量を決定することからなり、この方法で上記免疫学的に活性な反応相手の1つが上記エピトープの1つと反応するモノクロナル抗体であり;免疫学的に活性な反応相手の他の1つが上記エピトープのもう1つと反応する異なるモノクロナル抗体であるかまたは異なる動物種からの抗体であることを特徴とする上記免疫分析方法。」が記載されている。

(4)  本願発明と先願発明とを対比すると、両者は、ワンステップのサンドイッチ法に2種の異なるモノクローナル抗体を使用する免疫分析方法である点で一致し、本願発明は、先願発明と同一である。

(5)〈1〉  請求人(原告)は、先願の1980年8月4日付けの優先権主張の基礎となったスイス国特許出願5898/80-6号の明細書(以下「先願第2優先明細書」という。)には2種の異なるモノクローナル抗体を使用することが記載されているが、先願の1980年4月25日付け(以下、この日を「先願第1優先権主張日」という。)の優先権主張の基礎となったスイス国特許出願3209/80-2号の明細書(以下「先願第1優先明細書」という。)には2種の異なるモノクローナル抗体を使用することが記載されていないので、先願発明のうちで2種の異なるモノクローナル抗体を使用するものの優先日は1980年8月4日であり、本願の優先日である1980年6月20日及び1980年7月16日よりも後であって、本願発明は特許法29条の2の規定により特許を受けることができないものとするのは妥当でないと主張している。

〈2〉  そこで、この点について検討する。

(a) 先願第1優先明細書4頁28-31行には、「異なるクローンの抗体の組合せ、あるいは、モノクローナル抗体と異なる動物種由来の抗体の組合せが特に好適である。」と記載されている。そして、クローンとはすべてが単一の細胞の子孫である細胞群を意味する語であり、したがってこの群の細胞はすべて1種の同じ抗体すなわちモノクローナル抗体を産生する。モノクローナル抗体は1種のクローンに由来する。換言すると、1個のクローンに由来する抗体はモノクローナル抗体である。よって、「異なるクローンの抗体の組合せ」は、「異なるモノクローナル抗体の組合せ」と同義である。

(b) この点は、Proc.Natl.Acad.Sci.USA、Vol.77(1980)の566頁左欄下から17行以下(本訴における甲第8号証)の

「これらの結果は、その2つのクローンからの抗体がCEA分子上に存在する異なる抗原決定基と反応することを明瞭に示している。2つのモノクローナル抗体のアフィニティー定数。その2つのクローンからの抗体のアフィニティー定数は、限られた一定量の抗体に対する、量を増加させていった125Ⅰ-標識CEAの結合を測定することによって決定した。」という記載にみられるように、「2つのクローンからの抗体」が「2つのモノクローナル抗体」と全く同義に使用されていることからも明らかである。

(c) さらに、先願第1優先明細書には、酵素標識抗体と水不溶性担体結合抗体とのそれぞれについてモノクローナル抗体を使用した実施例が記載されていることから、先願発明においては、酵素標識抗体と水不溶性担体結合抗体とは片方ではなくてどちらもモノクローナル抗体であり得ることが実証されているといえる。

(d) したがって、先願の1980年4月25日付けの優先権主張の基礎となった先願第1優先明細書には2種の異なるモノクローナル抗体を使用することが記載されていることが明らかであるので、請求人(原告)の先願発明のうちで2種の異なるモノクローナル抗体を使用するものの優先日は1980年8月4日であることを前提とした主張は失当である。

(6)  以上のとおりであるから、本願は、当審で通知した拒絶の理由によって拒絶をすべきものである。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(4)は認める。

同(5)のうち、〈1〉は認める。〈2〉(a)のうち、先願第1優先明細書4頁28-31行には、「あるいは、」と記載されていること、並びに、「異なるクローンの抗体の組合せ」は、「異なるモノクローナル抗体の組合せ」と同義であることは、争い、その余は認める。〈2〉(b)のうち、Proc.Natl.Acad.Sci.USA、Vol.77(1980)の566頁左欄下から17行以下(甲第8号証)に原告主張の記載があり、「2つのクローンからの抗体」が「2つのモノクローナル抗体」と全く同義に使用されていることは認め、その余は争う。〈2〉(c)のうち、先願第1優先明細書には、酵素標識抗体と水不溶性担体結合抗体とのそれぞれについてモノクローナル抗体を使用した実施例が記載されていることは認め、その余は争う。〈2〉(d)は争う。

(6)は争う。

審決は、先願第1優先明細書(甲第5号証)に記載された「異なるクローンの抗体の組合せ」(訳文4頁7行)を「異なるモノクローナル抗体の組合せ」と同義であると誤って解したため、先願の2種の異なるモノクローナル抗体を使用するものの優先日が本願の優先日に優先すると誤って判断した違法があるから、取り消されるべきである。

(取消事由)

(1) 先願第1優先明細書にいう「異なるクローンの抗体の組合せ」は、ポリクローナル抗体の組合せを意味するものである。

〈1〉(a) 「異なるクローン」に相当する原語は、"verschie denen Klons"と複数形に記載されているが、異なったクローンの集合に由来する抗体は「ポリクローナル抗体」である。

「組合せ」には複数のメンバーを必要とすることは被告主張のとおりであるが、複数のメンバーを必要とすることは、原語"Antikorpern〔ウムラウト〕von verschiedenen Klons"の"Antikorpern"〔ウムラウト〕が複数形であることに求められるべきであり、原語"Klols"が複数形であることとは本来関係がないことである。

(b) 被告は、一般的にポリクローナル抗体は、特定のエピトープのみに向けられた特異性を有するものではないことを理由に、ポリクローナル抗体の組合せが「異なるクローンの抗体の組合せ」であると解するととは、当業者の常識に反する旨主張する。

しかしながら、ポリクローナル抗体であっても、エピトープの認識に関しては、特定のエピトープに対する特異性を有するものである。ただ、ポリクローナル抗体の場合、動物個体は複数の抗原決定基をもつ抗原で刺激され、各抗原決定基に対応した複数のクローンが活性化されるため、各抗原決定基に対応した種々の特異性をもつ抗血清が得られる。モノクローナル抗体とポリクローナル抗体とは、この産生方法の相違により、前者が単一のエピトープのみを特異的に認識するのに対し、援者が複数のエピトープを特異的に認識するという点で相違する。したがって、「異なるクローンの抗体の組合せ」をポリクローナル抗体の組合せと解したとしても、当業者の常識に反することにはならない。

〈2〉(a) 先願第1優先明細書には、「異なるクローンの抗体の組合せ」との記載に続いて、「モノクローナル抗体と異なる動物種由来の抗体の組合せ」と「モノクローナル抗体」との表現を使った記載がされているところ、「異なるクローンの抗体の組合せ」が異なるモノクローナル抗体の組合せを意味するならば、「異なるモノクローナル抗体の組合せ」と明記すれば足りたはずである。

(b) また、先願第1優先明細書には、「異なるクローンの抗体の組合せ、あるいは、モノクローナル抗体と異なる動物種由来の抗体の組合せが特に好適である。」との記載の直前に、「抗原の測定のためには、抗原に対して特に好適な抗体が2つあるが、これらの抗体は2種の異なる動物種から産生され、この抗原の異なったエピトープに対応している。」との記載があり、上記「異なるクローンの抗体の組合せ」等は、「特に好適な」ものとして記載されている。そして、実施例1及び実施例2は一方のみがモノクローナル抗体を使用したものである。そうすると、先願第1優先明細書の「異なるクローンの抗体の組合せ、あるいは、モノクローナル抗体と異なる動物種由来の抗体の組合せが特に好適である。」との記載のうち、前者の組合せがポリクローナル抗体と異なる動物種からのポリクローナル抗体の組合せであり、後者の組合せが実施例1及び実施例2のモノクローナル抗体と異なる動物種からのポリクローナル抗体との組合せと解するのが妥当である。

(c) 先願第1優先明細書は、「異なるクローンの抗体の組合せ」を「特に好適な」ものとしているのであるから、これが被告主張のように異なるモノクローナル抗体の組合せを意味するならば、その具体的内容が先願第1優先明細書の他の箇所で説明されていてもよさそうであるが、そのような記載は一切ない。

〈3〉 Proc.Natl.Acad.Sci.USA、Vol.77(1980)の566頁左欄下から17行以下の記載(甲第8号証)は、「モノクローナル抗体」に係る論文であり、具体的には、ハイブリッド技術を用いて所定の抗体産生能を有する2つのクローン、すなわち、クローンⅦ-23e(以下「クローン23」という。)及びクローンⅦ-37a(以下「クローン37」という。)を創製し、これら2つのクローンから癌胎児性抗原(CEA)に特異的なモノクローナル抗体を2つ産生した技術に係わるものである。同566頁左欄下から16行の定冠詞"the"を付された「2つのクローン」が、前出のクローン23及びクローン37を指し示していることは明らかであり、したがって、「その2つのクローンからの抗体」とは、明らかにクローン23及びクローン37から得られるところの「2つのモノクローナル抗体」を指すことは明らかである。しかしながら、文脈の異なる先願第1優先明細書の記載を上記甲第8号証の記載と同列に扱うことはできない。

〈4〉 審決は、先願第1優先明細書には、酵素標識抗体と水不溶性担体結合抗体とのそれぞれについてモノクローナル抗体を使用した実施例が記載されていることから、先願発明においては、酵素標識抗体と水不溶性担体結合抗体のどちらもモノクローナル抗体であり得ることが実証されていると判断するが、先願第1優先明細書には、両方がモノクローナル抗体である実施例は記載されていない。

〈5〉(a) 先願第1優先権主張日当時にはワンステップのサンドイッチイムノアッセイに適合して使用し得る「2つの」異なるモノクローナル抗体を同時に入手していなかったため、先願第1優先明細書に2つの異なるモノクローナル抗体の組合せが記載されていないものである。

(b) 甲第8及び第21号証には、先願第1優先権主張日当時、CEAモノクローナル抗体の製造が容易ではなかった旨が記載されている。

(c) 異なるモノクローナル抗体の組合せについて具体的に記載されたものは、先願第2優先明細書(甲第12号証)に実施例3として記載されたものが初めてである。

〈6〉 先願第1優先権主張日当時においては、モノクローナル抗体の親和性ないし結合活性は十分なものではないため、高感度かつ高精度な免疫測定を行うに際しモノクローナル抗体の使用に全幅の信頼があったとはいえず、サンドイッチイムノアッセイ法における免疫学的に活性な反応相手の組合せとして2つのモノクローナル抗体を使用することは当業者には容易には受け入れられていなかったものである。

すなわち、甲第14号証(ロイト著「エセッシャル・イミュノロジー第4版」(1980年発行)15頁ないし17頁)は、結合手が1つの場合、その結合手が切断された場合にはもはや2つの抗原分子の結合を維持することはできないが、結合手が複数の場合、仮に1つの結合手が切断されたとしても、他の結合手により2つの抗原分子の結合は維持され、その際の結合力は個々の抗原結合の代数和よりもはるかに大きくなると説明している。

甲第15号証(ボーラーら編「イミュノアッセイズ・フォー・デ・エイティーズ」(MTPプレス1981年発行)133頁ないし153頁)には、モノクローナル抗体がその当時その有用性が確立されていたというのでになく、いまだ研究の試行錯誤段階にあったこと、及びモノクローナル抗体の使用により、必ずしもポリクローナル抗体の使用よりも常に有利な測定結果が得られるものではない旨が記載されている。

甲第16号証(ハレル編「モノクローナル・ハイブリドーマ・アンチボデイズーテクニークス・アンド・アプリケーションズー」(CRCプレス 1982年発行)86頁、87頁)等には、ポリクローナル抗体がモノクローナル抗体よりも親和性が高いことを示している。

甲第19号証(コリンズ編「オールターナティブ・イミュノアッセイズ」(ジョン・ワイリー・アンド・サンズ1985年発行)13頁ないし37頁)には、当時、モノクローナル抗体はその親和性又は結合活性が低いことから、イムノアッセイのように高感度を必要とするアッセイ系に使用できないと考えられていたこと、及びモノクローナル抗体から高結合活性試剤をつくる最良の方法は、巧く混合することによって、明確な再現性のあるオリゴクローナル抗体をつくることである旨が記載されている。

〈7〉 ワンポットサンドイッチ法イムノアッセイにおいて2つの反応パートナーのうち1つをモノクローナル抗体とすることが可能であったとしても、実際に2つのモノクローナル抗体が異なる免疫活性部位に対応する2つの成分になり得るかは、実験の確認をまってはじめて決定され得るものであり、このような確認なしに直ちにワンポットサンドイッチイムノアッセイの2つの反応パートナーをモノクローナル抗体とはなし得ないものである。

(a) すなわち、2つのモノクローナル抗体の同時使用が可能であるためには、両方のモノクローナル抗体の各々が一定の結合活性を有し、かつ、イムノアッセイの免疫反応段階でもその結合活性を維持し得るものでなければならない(甲第22号証62頁下から4行ないし2行、70頁2行ないし4行)。

(b) まず、モノクローナル抗体は「均一性」を有しているが、その結合活性については不明である。事実、甲第8号証で創製された2つのモノクローナル抗体の親和性は、クローン23については1.4×108M-1、クローン37については1.1×107M-1であって、約10倍の差がある。したがって、単に2つのモノクローナル抗体の入手が可能であったとしても、それだけでは、各々がイムノアッセイに必要な結合活性を具備しているか否かは不明である。

(c) 次に、モノクローナル抗体が、抗原、標識等の他の試薬による結合活性への影響を受けることも十分予想される。

甲第22号証(26頁5行ないし13行)には、標識酵素に抗原の一種であるハプテン(低分子量抗原)が結合することによる酵素活性の変動について記載されている。ハプテンだけでなく、通常の抗原、抗体が標識としての酵素に結合する場合にも、標識酵素の活性に変動が生ずる場合がある。また、上紀結合により変動が生ずるのは、酵素だけでなく、抗原、抗体の場合においても同じである。

甲第22号証(27頁3行ないし10行、24行、25行、63頁下から6行ないし64頁2行)には、標識酵素による特異的抗原抗体反応に対する立体障害について記載されている。

(d) さらに、2つのモノクローナル抗体が相互に結合をブロックする等の相互作用等をも考慮されなければならない。乙第1号証(1009頁左欄8行ないし16行)には、2つのモノクローナル抗体が相互に抗原への結合を阻害(ブロック)し得ることが開示されている。

〔(8)6頁〕なお、2つのモノクローナル抗体の中には相互に抗原への結合をブロックするものが存在する点については、サンドイッチイムノアッセイと競合法の相違は関係のないことである。

(e) 1つのモノクローナル抗体の使用が可能であったという事実だけでは、2つのモノクローナル抗体を使用することが可能であったと即断し得ない。前記のとおり、先願第1優先明細書の実施例1及び実施例2は反応パートナーの一方のみがモノクローナル抗体についてのものであるが、これらの記載から、2つのCEAモノクローナル抗体のワンポット法での使用可能性が自明であるとすることはできない。

(f) 乙第1号証は、ネズミのIg-Ib免疫グロブリン(抗原)に対する複数のモノクローナル抗体のワンポット法条件下ではない結合活性を開示しているものと認められるが、これらのモノクローナル抗体は先願第1優先明細書のモノクローナル抗体とは異質のものであり、当業者が乙第1号証の記載を参酌したとしても、2つのCEAモノクローナル抗体の使用可能性は自明ではない。

(2) 先願第1優先明細書にいう「異なるクローンの抗体の組合せ」は、当該組合せの1つがモノクローナル抗体を混合したもの、すなわちオリゴクローナル抗体であるとも解せられる。

すなわち、コリンズ教授供述書(甲第20号証)には、1980年当時のモノクローナル抗体に関する学会の評価について、通常の多価ポリクローナル抗体試剤に代えて単一のモノクローナル抗体を使用すれば、一般にアッセイ感度が低下するものと考えられており、それ故、多くの研究者達は、モノクローナル抗体の実際の有用性について疑念を抱いていたこと、及び、先願第1優先明細書に記載の免疫学的に活性な反応相手の1つがオリゴクローナル抗体と解されることが記載されている。

(3) 先願第1優先明細書に記載されている「異なるクローンの抗体の組合せ」は、それに続いて記載されている「モノクローナル抗体と異なる動物種由来の抗体の組合せ」と同義とも解せられる。

すなわち、「異なるクローンの抗体の組合せ」と「モノクローナル抗体と異なる動物種由来の抗体の組合せ」は、原語"oder"で接続されている。接続詞"oder"は、「言いかえると」、「すなわち」の意味を有するが、このように解すると、当該接続詞の前後の内容は等しいことになり、「異なるクローンの抗体の組合せ」は、「モノクローナル抗体と異なる動物種由来の抗体の組合せ」と同義となる。このように解することは、先願第1優先明細書の実施例1及び実施例2の記載とも合致することになる。

第3  原告の主張に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、

2  反論

(1)〈1〉  「異なるクローンの抗体の組合せ」というのは、担体に結合された反応相手と酵素で標識された反応相手との組合せのことである。「組合せ」というからには組合せを構成する複数のメンバーを必要とするから、「異なるクローン」に相当する原語が複数形であることは当然のことにすぎない。

原告が主張するように「異なるクローンの抗体の組合せ」をポリクローナル抗体の組合せの意味に解すると、一般的にポリクローナル抗体は抗原のエピトープの認識に関しては多様性を有し、特定のエピトープのみに向けられた特異性を有するものではないから、当業者の常識に反する結果となる。

〈2〉  仮に原告主張のように解すると、先願第1優先明細書が、他に特に好ましいものとして挙げている「2種の異なった動物種から産生され」たもの、「モノクローナル抗体と異なる動物種由来の抗体の組合せ」が、それぞれ「2種の異なる動物種で産生され」、「モノクローナル抗体と異なる動物種由来の抗体の組合せ」というように、異なるエピトープに対応したものであると限定が付されているのに対して、「異なるクローンの抗体の組合せ」のみがそのような限定が付されてていないものとなり、これを好ましい組合せとして挙げることは、1回のインキュベートで免疫反応させるという先願発明の構成からみて、ふさわしいこととはいえない。

〈3〉  甲第8号証で、「2つのクローンからの抗体」が「2つのモノクローナル抗体」と同義に使用されていることは明らかである。してみると、「異なるクローンの抗体の組合せ」は、異なるモノクローナル抗体の組合せと同義であることは自明のことである。

〈4〉  先願第1優先明細書の実施例1では水不溶性担体結合抗体としてモノクローナル抗体を使用し、実施例2では酵素標識抗体としてモノクローナル抗体を使用しているので、別々の実施例ではあるが、水不溶性結合抗体としてモノクローナル抗体を使用したものも、酵素標識抗体としてモノクローナル抗体を使用したものも、両方示されており、「水不溶性担体結合抗体」と「酵素標識抗体」とは、どちらの抗体もモノクローナル抗体であることが実施例によって具体的に明示されている。

〈5〉(a)  原告は、甲第8及び第21号証に基づき、先願第1優先権日においては、ワンステップ法サンドイッチイムノアッセイに適合して使用し得る2つの異なるモノクローナル抗体を同時に入手できなかったと主張する。

しかしながら、甲第21号証は、先願第1優先権主張日前に頒布されたものと認められるが、可溶性抗原に対するモノクローナル抗体の製造が困難であったのは、この文献の発行以前においてであり、この文献の発行当時においては、複数の種類の異なるモノクローナル抗体の産生が可能であったといえる。甲第8号証も、可溶性抗原であるCEAに対する2種の異なるモノクローナル抗体の産生が可能であったことを示している。

(b)  乙第1号証(「モレキュラー・イミュノロジー」16巻1005頁ないし1017頁)は、1979年に発行されたものであるが、これによれば、サンドイッチイムノアッセイにおいて(ワンステップ法ではないが)抗原上の異なる抗原決定基に結合し得る、2つ以上の異なったモノクローナル抗体を1979年当時産生していたことが認められる。

〈6〉  原告は、当時、サンドイッチイムノアッセイ法における免疫学的に活性な反応相手の組合せとして2つのモノクローナル抗体を使用することは当業者には容易に受け入れられなかった旨主張する。

しかしながら、仮にそのことが事実であったとしても、そのことは、先願第1優先明細書の「異なるクローンの抗体の組合せ」が2つのモノクローナル抗体を意味するものではないとする根拠にはならない。

また、甲第15ないし第19号証には、分析にモノクローナル抗体を使用する際のデメリットとメリットが記載されており、デメリットだけではないのである。そして、そのデメリットの解決法として、甲第16、第17及び第19号証には、2つの異なるモノクローナル抗体を固相抗体及び標識抗体としてそれぞれ使用することが記載されている。そうすると、サンドイッチイムノアッセイ法における免疫学的に活性な反応相手の組合せとして2つのモノクローナル抗体を使用することは当業者には容易に受け入れられなかったことは、事実ではない。

〈7〉(a)  先願第1優先明細書には、異なる免疫活性部位に対応する2つの成分を使用することにより、ワンポット法のサンドイッチイムノアッセイが可能であることが記載されており、この2つの成分の一例として、2つの異なるモノクローナル抗体が挙げられているところ、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体を問わず、異なった免疫活性部位に対応する2つの異なった成分を選択し使用することにより、ワンポット法サンドイッチイムノアッセイが可能であるから、先願第1優先明細書の「異なった免疫活性部位に対応する2つの異なった成分」は、同時使用時にそれぞれ所定の結合親和力を有するものでなければならないことは当然である。

(b)  2つの成分を同時に使用するワンポット法で、2つの成分それぞれがもつ結合親和力を保持することは、先願第1優先明細書の記載によれば、異なる免疫活性部位に対応するモノクローナル抗体を選択することによって可能である。そして、このようなモノクローナル抗体の選択は、先願第1優先明細書当時の技術水準からみて可能であったものである。すなわち、乙第1号証に記載された複数のモノクローナル抗体は非ワンポット法ではあるがサンドイッチイムノアッセイが可能なものであるから、それぞれ異なる位置の免疫活性部位に対応するものでなければならず、また、それぞれ所定の結合親和力をもつものであるはずである。このことからして、乙第1号証のモノクローナル抗体が先願第1優先明細書の「異なった免疫活性部位に対応する2つの異なった成分」になり得ることは明らかである。

(c)  原告は、乙第1号証(1009頁左欄8行ないし16行)には、2つのモノクローナル抗体が相互に抗原への結合を阻害(ブロック)し得ることが開示されている旨主張する。しかしながら、乙第1号証の原告引用部分は、競合法の原理により、4種のIg-Ibモノクローナル抗体が、互いに、抗原の異なる免疫活性部位に反応するか決定するためのものである。つまり、固相化抗原に対して、同じあるいは互いに異なる2つのモノクローナル抗体を競合反応させて、そもそも、ブロックの程度を測定するものであり、サンドイッチイムノアッセイではないから、審決と関係しない部分の記載である。

(d)  先願第1優先明細書の発明においては、サンドイッチイムノアッセイにおいて、相互に抗原への結合をブロックするようなモノクローナル抗体は選択しないことは当然である。

(2)  原告は、コリンズ教授供述書(甲第20号証)に基づき、免疫学的に活性な反応相手の1つがオリゴクローナル抗体である旨主張する。

しかしながら、学会の大方の意見が甲第20号証に記載のとおりであるとしても、先願第1優先明細書の2つの実施例は、一方の反応相手としてモノクローナル抗体を使用して、免疫試剤としての有用性を確認しているのであり、先願第1優先明細書の記載は、上記学会の大方の意見とは異なる立場に立って記載されているといえる。したがって、先願第1優先明細書をそのような学会の大方の意見に基づいて解釈すべきではない。

また、甲第20号証は、2つある反応相手の一方のみを定義するものであり、他方の反応相手が何であるのか言っていない点で、「異なるクローンの抗体の組合せ」の解釈としての妥当性を欠くものである。

甲第20号証は、先願第1優先明細書の記載事項を文理解釈する限りにおいては、「異なるクローンの抗体の組合せ」を異なるモノクローナル抗体の組合せと解した上で、甲第19号証を引用しオリゴクローナル抗体という考え方を採用して、「異なるクローンの抗体の組合せ」を免疫学的に活性な反応相手の1つをオリゴクローナル抗体とすると結論づけているものと解せられるが、先願第1優先明細書の記載自体から、オリゴクローナル抗体が記載されているとみることはできない。

甲第19号証は、モノクローナル抗体の混合を記載するのみで、クローンを数種混合した混合体から「オリゴクローナル抗体」を産生する技術を示すものではなく、また、このようなクローンの混合体を"Klons"と称することも示していない。したがって、甲第19号証を引用するだけで、先願第1優先明細書の「異なるクローンの抗体」として、「オリゴクローナル抗体の組合せ」が含まれる余地があると解することも妥当でない。

したがって、いずれにしても甲第20号証の見解は妥当でない。

(3)  原告は、先願第1優先明細書の原語の"oder"を、"oder"の意味とて通常用いられているところの「択一的」の意味ではなく、「言いかえ・言いなおし」の意味であるとする根拠を何も示していない。前記(1)で述べたように、「異なるクローンの抗体の組合せ」は、異なるモノクローナル抗体の組合せと解すべきであるから、"oder"を「言いかえ・言いなおし」を意味すると解することはできない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(2)(拒絶理由通知の概要)、(3)(先願明細書の記載事項の認定)及び(4)(本願発明と先願発明との同一)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  先願第1優先明細書にいう「異なるクローンの抗体の組合せ」が異なるモノクローナル抗体の組合せを意味すると解することには疑問が残るといわなければならない。

(2)〈1〉  すなわち、甲第5号証によれば、先願第1優先明細書には、「本発明方法においては、被測定物質は少なくとも2つの免疫学的に活性な部位(エピトープ)を有していることが必須であり、これらの部位は2つの免疫学的に活性な反応パートナー、即ち担体に結合した反応パートナーと標識を付された反応パートナーによって認識され、あるいはこれらと反応する。2つの免疫学的に活性な反応パートナーとしては、どちらも実際被測定物質と反応するがそれぞれ異なった免疫活性部位に対応する2つの異なった成分を使用するのが好ましい。抗原の測定のためには、抗原に対して特に好適な抗体が2つあるが、これらの抗体は2種の異なる動物種から産生され、この抗原の異なったエピトープに対応している。異なるクローンの抗体の組み合せ、あるいは、モノクローナル抗体と異なる動物種由来の抗体の組み合せが特に好適である。」(訳文3頁下から2行ないし4頁8行。甲第1号証6頁2行ないし5行)と記載されていることが認められる(先願第1優先明細書の記載内容の一部は、当事者間に争いがない。)。

被告は、仮に原告主張のように解すると、先願第1優先明細書が、他に特に好ましいものとして挙げている「2種の異なった動物種から産生され」たもの、「モノクローナル抗体と異なる動物種由来の抗体の組合せ」が、それぞれ「2種の異なる動物種で産生され」、「モノクローナル抗体と異なる動物種由来の抗体の組合せ」というように、異なるエピトープに対応したものであると限定が付されているのに対して、「異なるクローンの抗体の組合せ」のみがそのような限定が付されていないものとなり、これを好ましい組合せとして挙げることは、1回のインキュベートで免疫反応させるという構成からみて、ふさわしいこととはいえない旨主張する。

しかしながら、上記先願第1優先明細書の記載によれば、上記「異なるクローンの抗体の組み合せ」は、「2種の異なる動物種から産生され」たものの組合せであると解することが可能であるから、このような限定が付されていないことを前提とする被告の主張は採用できない。

〈2〉  前記先願第1優先明細書の記載によれば、「異なるクローンの抗体の組合せ」の次に、「モノクローナル抗体と異なる動物種由来の抗体の組合せ」と記載されており、先願第1優先明細書が「異なるクローンの抗体」を「異なるモノクローナル抗体」の意味で使用するのであれば、その旨を明確に記載することができたものである。

また、先願第1優先明細書の他の箇所には、「異なるクローンの抗体の組合せ」の具体的内容の説明はない。

〈3〉  被告は、「組合せ」というからには「組合せ」を構成する複数のメンバーを必要とするから、「異なるクローン」に相当する原語"Klons"が複数形であるのは当然のことにすぎない旨主張する。

しかしながら、組合せを構成する複数のメンバーを必要とすることは、原語"Antikorpern von verschiedenen Klons"の"Antikorpern"が複数形となることに現れると認められ、複数のメンバーの点から"Klons"が複数形であることを説明することはできないと認められる。なお、「異なるクローンの抗体の組合せ」中の「クローン」が"Klons"と複数形であることだけでは、原告主張のポリクローナル抗体の組合せを意味する可能性も、被告主張のモノクローナル抗体の組合せを意味する可能性もいずれも有すると認められる。

(3)  被告は、一般的にポリクローナル抗体は、特定のエピトープのみに向けられた特異性を有するものではないことを理由に、ポリクローナル抗体の組合せが異なるクローンの抗体の組合せであると解することは、当業者の常識に反する旨主張する。

しかしながら、甲第18号証によれば、「トレンズ・イン・バイオケミカル・サイエンシズ」8巻3号(1983年3月発行)83頁1欄9行ないし18行には、「微量な(pM~fM)の抗体測定に使用すべき望まれる性質は、はっきりした特異性、高力価及び高結合活性である。通常のウサギ又はモルモットの抗血清中の抗体のモノクローナル的な挙動は、これらの性質のすべてを示す。これに対し、ハイブリドーマによって製造されるラット及びマウスのモノクローナル抗体は低い結合活性を示すので、今までRIAで使用されたことがない。」と記載されていることが認められ、この記載によれば、ポリクローナル抗体であっても、エピトープの認識に関しては、複数の特定のエピトープに対する特異性を有するものであることがうかがわれるから、この点の被告の主張は採用できない。

(4)  被告は、Proc.Natl.Acad.Sci.USA、Vol.77(1980)566頁左欄下から17行以下(甲第8号証)の記載を根拠に、先願第1優先明細書にいう「異なるクローンの抗体の組合せ」は、異なるモノクローナル抗体の組合せと同義であることは自明のことである旨主張する。

Proc.Natl.Acad.Sci.USA、Vol.77(1980)566頁左欄下から17行以下(甲第8号証)においては、「これらの結果は、その2つのクローンからの抗体がCEA分子上に存在する異なる抗原決定基と反応することを明瞭に示している。2つのモノクローナル抗体のアフィニティー定数。その2つのクローンからの抗体のアフィニティー定数は、限られた一定量の抗体に対する、量を増加させていった125I-標識CEAの結合を測定することによって決定した。」という記載にみられるように、「2つのクローンからの抗体」が「2つのモノクローナル抗体」と全く同義に使用されていることは、当事者間に争いがない。しかしながら、甲第8号証における「2つのクローンからの抗体」が「2つのモノクローナル抗体」を意味することは、甲第8号証のの文脈の中ではそのように解されることを意味するにとどまり、先願第1優先明細書の「異なるクローンの抗体の組合せ」が甲第8号証におけると同じ意味を有することまで示すものとは認められないから、この点の被告の主張は採用できない。

(5)  被告は、先願第1優先明細書の実施例1及び実施例2から、「水不溶性担体結合抗体」と「酵素標識抗体」とは、どちらの抗体もモノクローナル抗体であることが実施例によって具体的に明示されている旨主張する。

〈1〉  まず、甲第5号証によれば、先願第1優先明細書に記載された実施例1は、酵素標識反応パートナーとしてヤギ-抗-CEAポリクローナル抗体を、不溶性担体結合反応パートナーとしてマウス-抗-CEAモノクローナル抗体を使用し、実施例2は、酵素標識反応パートナーとしてマウス-抗-HCGモノクローナル抗体を、不溶性担体結合反応パートナーとしてウサギ-抗-HCGポリクローナル抗体を使用しているが、両方にモノクローナル抗体を使用した実施例は記載されていないことが認められる(先願第1優先明細書には、酵素標識抗体と水不溶性担体結合抗体とのそれぞれについてモノクローナル抗体を使用した実施例が記載されていることは、当事者間に争いがない。)。

〈2〉  原告は、ワンステップのサンドイッチイムノアッセイに適合して使用し得る「2つの」異なるモノクローナル抗体を同時に入手していなかったと主張し、その理由として、先願第1優先権主張日当時にはCEAモノクローナル抗体の製造が容易ではなかった旨主張する(甲第8及び第21号証)。

甲第21号証によれば、「ジャーナル・オブ・イミュノロジカル・メソッズ 32」(1980年発行)297頁ないし304頁には、抗原特異性ハイブリドーマの生成について、「可溶性抗原に対する抗体を産生するハイブリドーマの樹立は、多くの場合困難であった。ミエローマ(骨髄種)細胞を可溶性タンパクで免疫したマウスの脾細胞と融合させた場合、多くの非特異的ハイブリドーマが見られる中で、特異的抗体を分泌するハイブリドーマは滅多に観察されなかった。我々は、特異的ハイブリドーマの出現頻度が、抗原刺激後の脾臓の幼若および/または形質細胞のバックグラウンドに対する出現頻度(細胞サイズ分析により測定)の増加に直接相関することを発見した。従来の各種予備免疫を行った後、融合直前の4日間毎日、生理食塩水に溶解させた非常に高用量の抗原を使用するだけの新しい免疫感作技法で特異的ハイブリドーマを高収率で得た。」(訳文1頁11行ないし19行)、「コーラーおよびミルスタインによる抗原特異性モルクローナル抗体産生のための細胞融合法の導入(・・・1975年)以来、多数の研究所において多くのハイブリドーマが創製されてきた。この方法は粒子状の抗原すなわち細胞やウイルスの表面抗原に関しては完壁なものである。・・・しかしながらこの方法は、可溶性抗原の場合には有効ではないことが判明している。乳酸デヒドロゲナーゼを用いた融合実験(・・・)、がん胎児性抗原(CEA)との融合実験(・・・)、およびヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)およびCEAによる我々の初期の融合実験において、融合前に1か月間隔で数回免疫感作すると血清の抗体価は高くなるものの、比効率は<<1%であることが判明している。」(訳文1頁21行ないし2頁13行)、「抗体分泌ハイブリドーマは形質および/または幼若細胞とミエローマ細胞との融合の結果として形成される(・・・)。従って、比効率は、無関係なB-幼若および形質細胞のプールサイズと比較した場合の特異的な抗原刺激性クローン(形質および幼若細胞)の相対サイズに依存するものであるという想定のもとに、融合時に特異性B-幼若細胞数が最大になるように免疫感作方式を設定した。その結果、特異性ハイプリドーマ画分を従来の実験に比べて1~2オーダー高く、すなわちハイブリドーマ中最大40%が抗原特異性のものとなるようにすることができた。」(訳文2頁14頁ないし22行)、「そのようなハイブリドーマから産生された10種類の異なる抗体は、それらの抗原に1つまたは2つの腕で結合し、それぞれ異なる親和性を示す。」(訳文10頁下から4行ないし2行)と記載されていることが認められる。

これらの記載によれば、先願第1優先権主張日以前においては、CEA(癌胎児性抗原)、HCG(ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン)に対するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ技術の確立は困難であったことが認められるところ、1980年当時において、特異的ハイブリドーマの出現頻度に係る新知見が得られ、この新知見に基づき、新しい免疫感作技法を設定した結果、特異性ハイブリドーマを、従来の実験における収率に比べ、1ないし2桁高い高収率で得ることができ、かつ、このようなハイブリドーマから産生された10種類の異なる抗体は、抗原に対し、それぞれ異なる親和性を示したことが認められる。このことからすれば、先願第1優先権主張日当時においては、同じ動物種から、可溶性抗原(CEA又はHCG)に対し異なる親和性を示す複数の異なる「モノクローナル抗体」を産生することが可能であったと認められる。

したがって、この点の原告の主張は採用できない。

〈3〉  次に、原告は、先願第1優先権主張日当時において、モノクローナル抗体の親和性ないし結合活性は十分なものではないため、高感度かつ高精度な免疫測定を行うに際しモノクローナル抗体の使用に全幅の信頼があったとはいえず、サンドイッチイムノアッセイ法における免疫学的に活性な反応相手の組合せとして2つのモノクローナル抗体を使用することは当業者には容易には受け入れられていなかったものであると主張する。

しかしながら、甲第16号証によれば、ハレル編「モノクローナル・ハイブリドーマ・アンチボデイズ-テクニークス・アンド・アプリケーションズー」(CRCプレス 1982年発行)には、「彼らは、AFPを、ポリスチレンマイクロタイタープレートに固定された1つのモノクローナル抗体と、AFP分子上の異なる部位を認識する第2の酵素標識された1つのモノクローナル抗体により結合させるという、サンドイッチエンザイムリンクイムノスペシフィックアッセイを開発することができた。これらの著者は、「この分析法の、2つのモノクローナル抗体の使用による鋭敏な特異性を兼ね備えた、迅速さ、簡便さ、すばらしい感度は、この原理に基づく分析が、医学的、生物学的に重要な物質の定量に有用であることを我々に確信させた。」」(87頁17行ないし25行、訳は被告第2準備書面9頁9行ないし10頁2行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、EIA(酵素免疫測定)における2つのモノクローナル抗体の使用は、研究段階にあったと推測できる。

したがって、2つのモノクローナル抗体を使用することは当業者には容易には受け入れられていなかった旨の原告の主張は採用できない。

〈4〉  原告は、ワンポットサンドイッチ法イムノアッセイにおいて2つの反応パートナーのうち1つをモノクローナル抗体とすることが可能であったとしても、実際に2つのモノクローナル抗体が異なる免疫活性部位に対応する2つの成分になり得るかは、実験の確認をまってはじめて決定され得るものであり、このような確認なしに直ちにワンポットサンドイッチイムノアッセイの2つの反応パートナーをモノクローナル抗体とはなし得ないものである旨主張する。

(a) 甲第22号証によれば、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(医学書院 1978年発行)には、図4(26頁)とともに、「いまある酵素をEIAにおける標識として用いるために、被検体であるハプテンと共有結合をさせたとしよう。この場合ハプテンと酵素タンパク質分子との共有結合は図4の(a)、(b)、(c)のいずれかの位置に起こりうる。このうち、(a)に結合が起これば活性中心そのものが修飾されてしまうので、酵素が失活し、もはや標識としての価値を失うからここでの議論の対象外となる。(b)ではハプテンが活性中心の近傍にぶら下がるので酵素活性は何らかの変化を受けるであろうと思われる。一方(c)では修飾が活性中心からはるかに離れた部位で起こるので、酵素活性にはみかけ上大きな変化は起こらないであろうと予測される。しかし、たとえ(c)のような事態であっても、修飾酵素はあくまでも修飾酵素であって、もとの未修飾(native)酵素とは異なる分子であることを忘れてはならない。」(26頁5行ないし13行)、「図4(b)のような場合には、いわゆる立体障害による酵素活性の低下やミハエリス定数の変動がみられても不思議ではない。このように酵素タンパク質の化学修飾は酵素活性になんらかの影響を及ぼすものと考えたほうが妥当であり、したがって標識化した酵素はもとの酵素とは違うのだという前提で立ち向かうことが望ましい。すなわち酵素を標識として用いる場合には必ずpH活性曲線、熱安定性、Kmのような基本的性質の検討を行って、未修飾酵素と比較し、その結果に基づいた正しい活性測定条件を見出しておかなければならない。」(27頁3行ないし10行)、「しかし、少なくとも図4の(a)が混在することは許されないはずであり、(b)(c)の共存も実際上の支障がないことを確認した場合にのみ許されるべきである。」(27頁24行、25行)と記載されていることが認められる。

これらの記載によれば、酵素を被検体であるハプテンと共有結合させると、結合後の酵素の酵素活性は変化するが、その変化の程度は、結合の態様(図4(a)、(b)、(c))により大きのく異なること、したがって、酵素をハプテンの標識として用いる場合には、酵素とハプテン(抗原)との結合態様、及び、酵素に係るpH活性曲線、熱安定性、Km(ミハエリス定数)等の基本的性質を知り、それに基づき、正しい酵素活性測定条件を見いだしておく必要があることが認められる。これらのことは、高感度、高精度のEIA(酵素免疫測定)を実施するとの観点からすれば、抗原(被検体)が、低分子物質であるハプテンに限らず、高分子量タンパク質の場合についても同様に当てはまることと認められる。そして、EIA(酵素免疫測定)において、抗原と同様に測定対象とされる抗体も、高分子タンパク質であるから、抗体を酵素で標識化する場合においても、酵素と抗体の結合態様、及び、酵素に係る基本的性質を知り、それに基づき、正しい酵素活性測定条件を見いだしておく必要があると認められる。

また、甲第22号証によれば、同文献には、「したがって、決定群と結合群とがいかに近接するかが、結合物の安定性に極めて重要である。すなわち、結合群の凹みに抗原決定群が立体幾何学的にいかにぴったり適合するかが大切となる。もし抗原決定群の一部が変形すれば当然両者の近接が困難となり、いわゆるsteric hindranceのため結合が弱く、特異性も低下することになる。この関係は特にEIAにおいて重要である。酵素は高分子タンパクであり、これにより標識された抗体分子または抗原分子が構造上修飾を受け、抗原抗体反応に関与する反応基に化学的あるいは立体的に影響を及ぼす可能性が少なくない。この点を十分考慮して、酵素標識後も所期の親和力と特異性を維持しているかどうか検定する必要がある。」(63頁下から6行ないし64頁2行)と記載されていることが認められる。

この記載によれば、標識抗原と抗体との特異的反応においては、反応物の安定性の観点から、抗原決定群と抗体結合群とが近接し、立体幾何学的に適合することが極めて重要なことであるところ、抗体または抗原を、酵素(高分子量タンパク質)により標識した場合においては、酵素(高分子量タンパク質)が、抗原-抗体反応に関与する(抗体上又は抗原上の)反応基に対し、化学的又は立体的に影響を及ぼし、当該反応における親和力ないし特異性を低下せしめる可能性があるから、酵素で抗体を標識化した後においても、所期の親和力と特異性を維持しているかどうかを検定する必要があることが認められる。

以上によれば、先願第1優先権主張日当時において、高感度、高精度のEIA(酵素免疫測定)を行う場合に、ア)抗体を標識化した酵素の酵素活性を正しく測定する測定条件を確認し、イ)酵素で標識化した抗体と抗原との抗体抗原反応における親和力及び特異性を検定する必要があったものであり、それらの確認、検定を不要とするとの技術常識は存在しなかったことが認められる。

(b) さらに、甲第22号証によれば、同文献には、「EIAに特有な注意は、すべて抗体を含む血清タンパク質との接触にかかわる問題に対する注意である。酵素は標識化されて被検体と結合されているのみでなく、被検体が抗原抗体反応の場に入れられることによって、必ず抗体タンパク質という巨大分子との接触にもさらされる。このために標識酵素の酵素活性がさらに変動を被ることが起こりうる。すなわち

遊離(未修飾)酵素→標識化(修飾)→抗原抗体反応の場での酵素

と酵素がその存在の体様を変えるごとにKm値その他の特性にも変動が起こりうるから、いちいち当該条件下での酵素活性を調べておかなければならない。」(27頁下から8行ないし28頁2頁)と記載されていることが認められる。

この記載によれば、先願第1優先権主張日当時において、EIA(酵素免疫測定)に特有な注意として、インキュベーション溶液中に抗原、抗体及び抗体に結合した酵素(いずれも巨大分子量タンパク質)が同時に存在する場合には、それらが相互に影響し合い、標識酵素の酵素活性が変動することがあるから、所定のイムノアッセイ条件下で、あらかじめ標識酵素の酵素活性を検定する必要があることは技術常識であったと認められる。

(c) 以上のことからすれば、2つの異なるモノクローナル抗体をワンポット法サンドイッチイムノアッセイに用いるためには、前記(a)、(b)の技術常識等に基づき、「2つの異なるモノクローナル抗体」の利用可能性を検証する必要があることは明らかであり、この検証が行われていない限りにおいては、上記2つの異なるモノクローナル抗体をワンポット法サンドイッチイムノアッセイに使用できる抗体ということはできないと認められる。

〈5〉  上記の観点から、先願第1優先明細書の実施例の記載を検討すると、実施例1及び実施例2の記載から、先願第1優先明細書には、2つのモノクローナル抗体を使用するワンポット法サンドイッチイムノアッセイが記載されているに等しいと認めることはできない。

すなわち、甲第5号証によれば、先願第1優先明細書には、ワンポット法サンドイッチイムノアッセイに係る免疫反応について、「免疫反応においては、両反応パートナーの免疫活性の安定化、被測定物質の安定化、および標識の安定化を図るべく注意するべきである。さらに、非特異的反応を除去し、阻止的影響を避け、あるいは活性化を図るために、インキュベーション溶液中にタンパク質や洗浄剤などの成分を添加することもできる。」(訳文5頁6行ないし9行)と記載されていることが認められ、前記〈4〉で説示した技術常識等を踏まえ、4つの巨大分子量タンパク質が同時に、インキュベーション溶液中に存在することとなるワンポット法サンドイッチイムノアッセイにおいては、反応パートナーの免疫活性、被測定物質、標識酵素それぞれの安定性をあらかじめ検知し、必要であれば他の成分を添加し、これらの安定性を確保することの重要性に言及していることが認められる。しかしながら、先願第1優先明細書の実施例1に不溶性担体結合反応パートナーとして記載されているマウス-抗-CEAモノクローナル抗体との組合せにおいて、同実施例2に酵素標識反応パートナーとして記載されているマウス-抗-HCGモノクローナル抗体を使用できることを検証したことの記載はなく、そのことをうかがわせる記載も見いだせない。

〈6〉  以上によれば、先願第1優先明細書の実施例1及び実施例2の記載から、「2つのモノクローナル抗体の組合せ」を用いるという技術思想が自明であると認めることはできない。

(6)  被告は、乙第1号証に基づき、サンドイッチイムノアッセイにおいて(ワンステップ法ではないが)抗原上の異なる抗原決定基に結合し得る、2つ以上の異なったモノクローナル抗体を1979年当時産生していたことが認められる旨主張する。

乙第1号証によれば、「モレキュラー・イミュノロジー」16巻(1979年)1005頁ないし1017頁には、「我々の目標とする抗原がモノクローナル起源であるにもかかわらず、これらの抗原決定基のすべてが、同じ分子上にない可能性をアンチアロタイプラジオイムノアッセイの変形したものにより調べた。固相化モノクローナル抗体に結合することにより、抗原がマイクロタイタープレートに結合された。余分な抗原は取り除かれ、放射性標識された第2のモノクローナル抗体が、結合した抗原を検出するために使用された。例えば、材料と方法の欄で記載したように、Ig(1b)2.9がプラスチックマイクロタイターウエルに被覆された。10-3.6(Ig-1b)蛋白質を、固相化されたIg(1b)2.9と反応させた。室温で1時間後、余分な10-3.6は取り除かれた。放射性標識された4種の抗Ig-1bモノクローナル抗体それぞれが結合した10-3.6を検出するために使用された。それぞれのモノクローナル抗体を順次プレートに固定させることにより行われた。全ての場合、結合した抗原は、他の放射性標識抗体により検出された。これは、抗原をプレートに結合させたのと同じ抗体で抗原を検出することを含んでいた。」(訳文7頁7行ないし8頁末行)、「第5図 Ig・1b(γ2a)重鎖のアロタイプ決定基の位置。アロタイプ決定基は、それらにより定義されたハイブリドーマ抗体により示される。」(追加訳文2頁下から3行ないし1行))と記載されていることが認められる。これらの記載によれば、乙第1号証記載のイムノアッセイは、放射性標識化モノクローナル抗体を用い、かつ、2つのモノクローナル抗体(プラスチックマイクロタイター被覆(固相化)モノクローナル抗体と放射性標識化モノクローナル抗体)で抗原を捕らえるものであり、非ワンポット(2回インキュベーション)法のRIA(放射免疫測定)に属するものであると認められる。

甲第24及び第25号証によれば、EIA(酵素免疫測定)とRIA(放射免疫測定)とは、用いる標識が酵素か、放射性物質であるかの違いはあるが、測定原理は同じであることが認められる。しかしながら、前記認定の甲第22号証の「EIAに特有な注意は、すべて抗体を含む血清タンパク質との接触にかかわる問題に対する注意である。酵素は標識化されて被検体と結合されているのみでなく、被検体が抗原抗体反応の場に入れられることによっ、必ず抗体タンパク質という巨大分子との接触にもさらされる。このために標識酵素の酵素活性がさらに変動を被ることが起こりうる。すなわち

遊離(未修飾)酵素→標識化(修飾)→抗原抗体反応の場での酵素

と酵素がその存在の体様を変えるごとにKm値その他の特性にも変動が起こりうるから、いちいち当該条件下での酵素活性を調べておかなければならない。」との記載事項(27頁下から8行ないし28頁2頁)及び甲第22号証により認められる「EIAとRIAと対置して考えたとき、きわだって違うことは、両者の標識の数え方が単に方法論的に異なるだけでなく、全くといってよいほど質的に異なっているということである。EIAでは標識の数をじかに数えることはしていない。標識の数の大小をその酵素活性なる指標で推し測っているだけである。そして活性なるものは速度である。したがって反応速度とこれを触媒する酵素分子の数とが正比例する条件下でのみ本法が定量法として成立つことは知らなければならない。さらに標識として用いられている酵素は、遊離のもとの酵素とは大なり小なり異なっていること、さらに、抗原抗体反応の場ではいっそう異なっていることを忘れてはならない。」(28頁下から5行ないし29頁3行)との記載事項によれば、EIA(酵素免疫測定)とRIA(放射免疫測定)とは、測定原理が同じであるとはいえ、標識が酵素か放射性物質かの相違に起因して、実施態様(抗原抗体反応の態様、及び、測定の態様)が本質的に相違するものであることが認められる。そうすると、RIA(放射免疫測定)で2つのモノクローナル抗体を使用することができたことは、直ちにEIA(酵素免疫測定)でその2つのモノクローナル抗体を使用することが可能であることを意味するものではない。

そうすると、乙第1号証中のRIAにおける結合親和力(結合活性)が直ちにEIAにおける「結合親和力(結合活性)を示すことにはならず、他に、乙第1号証には、EIAにおける上記2つのモノクローナル抗体の利用可能性を示唆する記載はない。

したがって、被告の乙第1号証に基づく主張は採用できない。

(7)  そうすると、2種の異なるモノクローナル抗体を使用することが先願第1優先明細書に記載されていると認めることはできないから、先願発明のうちで2種のモノクローナル抗体を使用するものの優先日は、1980年4月25日ではなく、同年8月4日であり、これは本願の優先日よりも後であることとなるから、原告主張の取消事由は、その余の点について判断するまでもなく、理由がある。

3  よって、原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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